なぜ“無細胞”タンパク質合成技術が必要か?
Why do you need cell-free protein synthesis technology ?


ヒトを含め多くの生物種で、ゲノム配列のシークエンスが終了し、種々の生物がもつ遺伝子の配列が分かってきました。しかし、残念なことに、遺伝子の配列からは、アミノ酸の並びだけで、遺伝子の本体であるタンパク質の機能まではわかりません。言わば、タンパク質と言う単語のスペルが判明しただけで、それらの意味(機構や構造)はなお不明なのです。遺伝子の機能を知るためには、その情報を一つ一つタンパク質分子に変換し、試験管内で生化学的な機能を調べる必要があるのです。従来からの生体から直接、あるいは、培養細胞を利用する組み替え法で得るタンパク質の調製法には多くの限界があり、これまでの半世紀にわたる研究をもってしても、機能や構造が解明されているタンパク質の種類は、研究対象とされてきた全生物種を合わせてもほんの一握りに過ぎません。そのため、遺伝子情報の意味を理解するためには、先ずタンパク質を生産する技術が必須となります。   
 アミノ酸を20個程度結合させる有機化学的な手法も開発されていますが、数百個のアミノ酸を結合させることは、合成収量の観点から現実的ではありません。そこで、生きた細胞を使わない、しかし、生物が40億年の進化の過程で完成させてきた遺伝子情報翻訳装置を試験管の中に取り揃えて、外部から添加した遺伝子を鋳型に、タンパク質を自由自在(翻訳反応を阻害しないタンパク質のすべてを合成することが可能になる)に合成する “無細胞”なタンパク質合成法が次世代のタンパク質合成法として期待されるようになりました。

コムギ無細胞タンパク質合成技術とは ?
What is a wheat cell-free protein synthesis technology ?

   植物がもつ能力を最大限引き出すために、何が必要か? 長かった最初の一歩...

洗浄したコムギ胚芽(右図) Washed wheat embryos
 植物の種子を発芽温度にすると胚芽にスイッチが入り(DNAからmRNA合成に続いて翻訳反応がおこる)、あとは水さえあれば、ものすごい勢いで発芽し生育します。実は、その発芽時に、胚芽組織では多種多様なタンパク質を大量に合成していることが知られていました。先人達は、この能力に目をつけ、タンパク質合成反応機構(遺伝子情報翻訳反応)の解析系としてコムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を開発しました。そして、非常に高感度な放射線を用いた合成反応実験では、確かにタンパク質が合成でき、合成機構の研究は進んだのですが、タンパク質生産系としての利用は考えてもいませんでした。問題は、すべての無細胞タンパク質合成系における翻訳反応は、15分〜1時間ほどで停止してしまうことにありました。翻訳反応は数百種類の因子が関与することが明かになるにつれ、研究者達は生細胞から試験管に取り出した翻訳酵素源が、“不安定なのは当たり前”と信じ込むようになり、タンパク質生産手段への応用など考えられなかったのでしょう。
 私達のボスであった遠藤教授は、当時、タンパク質の合成を阻害する因子の研究をしていたため、無細胞タンパク質合成が不安定なのは、タンパク質合成を阻害する“何か”が含まれているからだと、考えました。そして、15年ほど試行錯誤の結果、ついに、その“何か”が予想通りタンパク質合成阻害因子であること、それはタンパク質合成に必要な胚芽ではなく、小麦粉と呼んでいる胚乳部分にあることを発見しました。しかし、問題は続きます。それを取り除く方法を見つけなくてはいけません。
 1999年に、私達はタンパク質合成阻害因子を除去する方法を見つけました。それは何と、“水で洗う!”でした。小麦粉は水で簡単に洗浄できたのでした。上図の左に見える白いものがタンパク質阻害因子を沢山含む小麦粉です。右図は、水でよく洗浄した後のコムギ胚芽です。白い小麦粉がなく、ピカピカでしょう! この発見により、私達は植物の種子がもつタンパク質を合成するという能力を最大限に発揮させることができました。コロンブスの卵のように、わかってしまえば簡単なのですが、ここまでくるには本当に長い道のりが必要でした。

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新しい真核生物型のmRNAデザインとは ?
What is the best mRNA design for a wheat cell-free protein synthesis technology ?

  真核型無細胞タンパク質合成系がもつ能力を最大限引き出すために必要な新しいmRNAデザイン

洗浄したコムギ胚芽(右図) Washed wheat embryos  タンパク質はmRNAを鋳型として作られています。一般的に、真核生物型のmRNAは5‘側にキャップ構造、3’側にはポリAテールが付加されています。そのため、これまでの真核生物型の無細胞タンパク質合成を行い場合、その様なmRNAを人工的に作って使ってきました。しかし、キャップ構造は翻訳開始因子と強力に結合するため、余分なキャップアナログは極力な阻害剤として機能します。そのため、mRNA合成時の余分なキャップ構造は徹底的に取り除く必要がありました。また、ポリAテールは不安定で、すぐ大腸菌内で別の塩基に変異してしまいました。そこで、私達は、これらの本来の真核生物型mRNAと同等の機能を有する新しいmRNAをデザインすることに挑戦しました。
 その結果、キャップ構造の代わりにグリシンのない配列、ポリAテールの代わりに長い3’ UTRにすれば、一般的な真核生物型mRNAと同等の転写効率を示す、新しい真核生物型mRNAをデザインすることに成功しました。このコンセプトは、現在、全ての真核生物型タンパク質合成技術に利用されています。

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