三重大学・安間先生らへのBINDS支援成果が『Nature Communications』誌に掲載されました。

(論文をもとにGemini Notebookで作画)

当研究室が、AMED「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」事業を通じて、三重大学大学院医学系研究科の安間太郎先生らの研究グループに対して技術支援を行った共同研究成果が、Nature Communications(2026年8月1日付オンライン版)に掲載されました。
本研究は、肺内細菌叢(マイクロバイオーム)に由来するペプチド コリシン(corisin)が、肺胞上皮細胞の恒常性を破壊することで、致死的な呼吸器疾患である特発性肺線維症(IPF)を自発的に引き起こす直接的な病因物質であることを、世界で初めて実証した画期的な成果です。
当拠点はBINDS支援として、プロテインアレイを用いたコリシンの細胞内ターゲット(結合標的)の網羅的探索を担当し、コリシンが特異的に結合する標的タンパク質として PSMA4 を同定することに成功しました。

1. コリシン(corisin)とは

コリシンは、線維化を起こした肺組織から分離されたブドウ球菌(Staphylococcus nepalensisなど)の細胞壁タンパク質前駆体(IsaA様トランスグリコシラーゼ)から、特定のプロテアーゼによって切り出されることで活性化する、19アミノ酸からなる細菌由来ペプチドです。これまでの研究から、肺胞上皮細胞の傷害や線維化を促進する因子としての関与が疑われていました。

2. これまでの課題と研究目的

進行性かつ致死的な肺疾患である特発性肺線維症(IPF)は、何らかの原因で肺胞上皮細胞が持続的に傷害を受けることがトリガーとなり、異常な修復プロセス(線維化)が進むと考えられてきました。近年、肺内マイクロバイオームの関与が注目されつつあったものの、「実際のIPF患者の肺内にコリシンが実際に存在するのか」「細胞内のどのような標的分子と相互作用して病態を駆動するのか」、そして「コリシンへの持続的な曝露だけで、肺線維症が自発的に引き起こされるのか」といった極めて重要な謎は未解明のままでした。
本研究は、これら「IPFにおける微生物–上皮細胞軸」の直接的な因果関係と、その詳細な分子機構を解明することを目的に行われました。

3. BINDS支援成果:プロテインアレイを用いた標的探索と「PSMA4」の同定

当研究室は、上皮細胞内に侵入したコリシンが結合する宿主側の標的因子を特定するため、大規模ヒトプロテインアレイを用いたハイスループット相互作用スクリーニングを実施しました。

  • 9,263種類のヒトタンパク質を用いたアレイ解析: 「Ehime-Kazusa Human Protein Array」を用いて、プレート上に固定化された9,263種類のヒト組換えタンパク質と活性型コリシンとの相互作用を、AlphaScreenによって網羅的に解析しました。この際、生物活性を失った不活性型変異体(コリシンN14S)を対照群(コントロール)として併せてスクリーニングに用いることで、特異性の極めて高い結合パートナーのみを絞り込むアプローチを採りました。
  • 最有力ターゲット「PSMA4」の特定: スクリーニングの結果、対照群と比較して圧倒的に高い結合比(約39.5倍)を示す、最有力結合因子として「PSMA4(プロテアソームサブユニットαタイプ4)」を同定しました。PSMA4は、細胞内の不要・異常なタンパク質の分解と制御を司る20Sプロテアソームのコアサブユニットです。この特異的な直接結合は、抗体を用いたウエスタンブロット法などによっても再現よく検証されました。
  • プロテアソーム異常活性化とプロテオスタシスの崩壊: 驚くべきことに、コリシンがPSMA4や各種ユビキチンリガーゼ群に結合することで、肺胞上皮細胞内のプロテアソーム酵素活性が異常に亢進することが確認されました。このユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)の変調が、細胞内のデリケートなタンパク質分解恒常性(プロテオスタシス)のバランスを一気に崩壊させ、上皮細胞のストレス応答や細胞死(アポトーシス)のトリガーとなることを突き止めました。

本プロテインアレイ解析は、コリシンが「宿主細胞のプロテアソームの制御に直接介入してプロテオスタシスを破壊する」という、これまでにない全く新しい病理メカニズムの発見に決定的な役割を果たしました。

4. その他の主な共同研究成果(概要)

本論文では、上記の標的同定を主軸とし、患者サンプル、シングルセルゲノミクス、および遺伝子組換えマウスを用いて、コリシンの病原性が多角的に証明されています。

  • 患者肺におけるコリシン配列の直接特定: IPF患者の気管支肺胞洗浄液(BALF)からDNAを抽出しシーケンシングを行うことで、患者の肺内にコリシンおよびコリシン類似ペプチドをコードする遺伝子配列が確かに存在することを、配列レベルで初めて突き止めました。
  • 多面的な細胞リプログラミングの検証: コリシンの曝露により、肺胞上皮細胞(AEC)が①アポトーシス(細胞死)、②細胞老化とSASP(老化随伴分泌表現型による有害因子の放出)、③EMT(上皮間葉転換)の3つの病理プロセスを同時に動かしていることを、シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)によって統合的に裏付けました。
  • 天然型コリシンの驚異的な病理活性: 不安定な合成ペプチドに比べ、細胞内で正しく折りたたまれて発現する天然型コリシンは、実際の患者の肺と同等レベルの極めて低い濃度(わずかpg/mLオーダー)で細胞老化やEMTを強力に引き起こすことを確認しました。
  • コリシン持続発現マウスにおける肺線維症の自発的発症: 天然型コリシンを全身で持続発現するトランスジェニックマウスを創製したところ、薬剤などの外部刺激を与えなくても、生後約12週から「自発的かつ進行性に肺線維症」を発症することを実証しました

5. 研究の意義と今後の展望

本研究は、肺のマイクロバイオーム由来ペプチドであるコリシンが、肺胞上皮細胞のプロテオスタシス崩壊を介してアポトーシス・老化・EMTを多面的に連鎖駆動し、自発的かつ不可逆的な肺の線維化を決定づける強力な「上流の病因物質(エフェクター)」であることを完全に証明しました。
本成果により、これまで効果的な根本治療が乏しかったIPFに対して、「コリシン–プロテアソーム(UPS)軸」という極めて有望な新規創薬・分子治療標的が提示されました。今後は抗コリシン抗体などの実用化に向けた研究の進展が期待されます。
また、本共同研究は、BINDSの提供する「プロテインアレイ相互作用スクリーニング」技術が、原因不明の疾患における「マイクロバイオーム分子–宿主細胞」シグナルの解明や、新規創薬標的探索に極めて有用であることを示すマイルストーンとなりました。

掲載論文情報】

  • 論文タイトル: Corisin induces proteostasis stress to drive epithelial injury and pulmonary fibrosis
  • 掲載誌: Nature Communications
  • 公表日: 2026年8月1日(オンライン公開)
  • DOI: 10.1038/s41467-026-76162-7

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