研究内容

細胞シグナル伝達制御の分子機構の解明

ヒトなどの高等生物は、細胞の増殖、分化、運動などの細胞機能を外部環境に適応して制御しています。そこでは、細胞膜に埋め込まれた膜タンパク質受容体や細胞内タンパク質が関与していますが、それらが分子内または分子間で相互作用し、立体構造を変化させることによって、化学反応や細胞骨格系の再編成、遺伝子発現を誘導します。当研究室では、シグナル伝達ネットワークの統合と分岐を制御するタンパク質複合体を主に構造解析の対象として、シグナル伝達を制御する分子機構を理解することで創薬化学への展開を目指した研究をおこなっています。

細胞シグナル伝達の概念モデル図

1. 細胞の増殖・分化・運動を制御するシグナル伝達系

①がん細胞の発生・進展に関わるWntシグナル伝達系

Wntシグナル伝達系は、高等生物に保存されるシグナル伝達経路の一つです。細胞の増殖と分化に極めて重要な役割を持つため、基礎的な研究に加えて、がんや精神性疾患に対する創薬ターゲットとして注目されています。本経路においては、細胞核で転写を活性化するβカテニンを標的にしたタンパク分解反応が働きますが、その仕組みは不明な点が多く残されています。当研究室では、特に細胞内でβカテニンの分解がどのように制御されるのかを調べています。

Wntシグナル伝達経路

Wntシグナル制御因子群の動的な会合体形成の仕組みの解明

Wntシグナル伝達で機能する細胞内タンパク質の立体構造解析から分子機能の解明をおこなってきました。Axin、Dvl、Ccd1は、細胞内でのβカテニン分解反応を制御する重要なタンパク質ですが、自己会合や分子間相互作用によってWntシグナル依存的なタンパク質複合体を形成することが、シグナル伝達の制御に重要とされていました。これまでに分子間相互作用に必須となる機能領域「DIXドメイン(Axinの場合はDAXと呼ぶ)」の立体構造解析をおこない、分子機能の解明をおこなってきました。

参考文献など

  1. Sci. Signal., 12(611). pii: eaaw5505 (2019). →プレスリリース
  2. Protein Pept. Lett. 26, 792-797 (2019).
  3. Acta Crystallogr. Sect. F Struct. Biol. Cryst. Commun75, 116-122 (2019).
  4. Sci. Rep7, 7739 (2017).
  5. Acta Crystallogr. Sect. F Struct. Biol. Cryst. Commun67, 758-761 (2011)

②がん細胞の浸潤・転移に関わるRhoシグナル伝達系

細胞の基底膜などへの接着及び剥離と細胞運動の活性化は、癌細胞の転移・浸潤の細胞生物学的基盤として極めて重要です。Rhoファミリー(Rho、Rac、Cdc42)は、Rasスーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であり、グアニンヌクレオチドに結合することでアクチン細胞骨格系を制御するシグナル伝達経路を活性化し、細胞の極性、運動、接着など細胞形態の調節に働きます。これまでに、Rhoシグナル伝達系で制御されるアクチン結合タンパク質ERMやRhoファミリーを活性化するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)について立体構造解析をおこなってきました。

参考文献など

  1. Genes Cells, 20, 847-859 (2015).
  2. EMBO J29, 236-250 (2010)
  3. J. Biol. Chem. 283, 29602-29612 (2008)
  4. J. Mol. Biol. 381, 634-644 (2008)
  5. Genes Cells 12, 1329-1338 (2007)
  6. J. Biol. Chem. 282, 19854-19862 (2007)
  7. Structure 14, 777-789(2006)

2. 神経系の発生および高次の生命機能を担うシグナル伝達系

①微小管を介したダイニンによる逆行性物質輸送のシグナル伝達系

細胞の中には、様々な細胞小器官があり、これらの器官が正しく機能するためには受容体などのシグナル伝達を担うタンパク質の精密な輸送が極めて重要です。特に細胞膜からエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれた受容体は、小胞輸送によってリサイクルされることが知られています。細胞内小胞輸送は、微小管に沿った輸送が中心であり、小胞体から細胞膜側へと輸送する順行性輸送と細胞膜側から小胞体へと輸送する逆行性輸送があります。ダイニンなどのモータータンパク質が逆行性輸送を担っていますが、遺伝的な機能欠損により筋萎縮症などの疾患を引き起こすことが知られています。本研究室では、ゴルジ体-小胞体間の逆行性輸送を制御するタンパク質複合体の立体構造決定をおこない、輸送される分子の選別がどのようにしておこなわれているのかを原子レベルで解明して、疾患発症の原因の理解を目指した研究をおこなっています。

参考文献など

  1. Biochem. Biophys. Res. Commun. 460, 451-456 (2015).
  2. Acta Crystallogr. Sect. F Struct. Biol. Cryst. Commun70, 1103-1106 (2014)

②神経細胞の発生・成熟化を担うシグナル伝達系

神経細胞の軸索の周りに作られる髄鞘(ミエリン)は、神経細胞間の電気伝導速度を上昇させる役割を持つ重要な構造体ですがが、どのような仕組みで形成されるのかは不明な点が多く残されています。当研究室では、Gタンパク質を制御するタンパク質複合体を研究対象として、シグナル伝達制御の仕組みを解明することで、神経系成熟化の仕組みを理解し、神経難病に対する創薬技術の開発を目指した研究を進めています(現在進行中)。

3. 遺伝子発現を制御するタンパク質複合体の分子機能解析

細胞では、DNAからmRNAが転写されて、そのmRNAを利用してリボソームによってタンパク質に翻訳されます。ヒトなどの高等生物では、スプライシングという分子機構を通してmRNAを編集し、一つの遺伝子から複数のタンパク質を作ることが知られていますが、その分子機構の実態は不明な点があります。また、RNAの転写を制御する転写因子群の分子機能についても不明な点が残されています。本研究室では、スプライシングを制御するタンパク質複合体や核内受容体等の転写因子群の立体構造解析を通して、高等生物の遺伝子発現を制御する分子機構に関する研究をおこなっています。これらの研究は、群馬大学および武蔵野大学と協力しておこなっています。

参考文献など

  1. J. Biochem. (2023), 174(2):203-216. doi: 10.1093/jb/mvad033
  2. J. Biochem. (2023), 173(5):393-411. doi: 10.1093/jb/mvad005.