応用研究・技術紹介
太陽光エネルギーと地球に無尽蔵に存在する水を使って生体で使えるエネルギーに換え、大気中のCO2から有機物を作る植物やシアノバクテリアなどの光合成反応は、人工系では再現できないほど非常に高い効率で行わています。私達は地球に酸素をもたらした原始的な好熱性シアノバクテリアを用いて、光合成の高効率反応機構を分子・原子レベルで解明するとともに、これらで得た知見を応用してカーボンニュートラル、かつ、持続可能な次世代バイオ燃料の新規合成系の開発や環境汚染物質浄化システムの開発を行っています。
研究開発 1:カーボンニュートラルで持続可能な次世代バイオ燃料の新規合成系の開発

化石燃料の代替エネルギーの必要性やカーボンニュートラル社会の実現という観点から、CO₂を炭素源とする次世代バイオ燃料生産技術の開発は極めて重要な課題です。これまでに、油脂を生産する微細藻類や、脂肪酸生成機能を強化した光合成微生物の改良による燃料生産技術が検討されてきました。しかし、これらの技術では、脂質合成を強化すると光合成機能が失活するという本質的な拮抗関係が問題となっています。私はこれまでのアプローチとは全く異なる発想に基づき、光合成微生物である好熱性シアノバクテリアにおいて、脂肪酸をはじめとする脂質の合成量を大幅に向上させることに世界で初めて成功しました。これは太陽光を利用してCO2から燃料を生産する新しい技術です。この改良型シアノバクテリアは、脂質合成量が増加しても光合成機能を維持できるため、糖などの外部栄養分を添加することなく、CO2、水、光および温泉水程度のわずかなミネラルで生育可能です。この特長により、従来技術とは一線を画す革新的な燃料生産システムを実現できます。
特許:特願2024-218911

研究開発 2:カーボンニュートラルで持続可能な環境汚染物質の浄化

近年、テクノロジーの発展に伴い、工場や事業所から排出される化学物質による土壌や水域の汚染が深刻化しています。環境省の2020年度調査によると、報告された263件のうち114件で汚染が確認されており、特に重金属による環境負荷は依然として大きな課題です。重金属は法規制があるものの、水系や土壌の汚染は完全には防ぎきれず、早急な浄化対策が求められています。本研究では、好熱性シアノバクテリアを活用し、重金属や有機染色色素、NOxなどの環境汚染物質をカーボンニュートラルかつ持続可能な方法で除去する環境浄化システムの開発を進めています。このシアノバクテリアは、一般的なシアノバクテリアに比べて500倍もの重金属を取り込む能力を持ち、さらに有機染色色素をわずか1時間で70%分解することが可能です。これにより、環境負荷の低減と効率的な浄化の両立を実現し、新たな環境修復技術の確立をめざしています。
(本研究は2023年度JKA補助事業によって実施されました。)
特許:特願2023-127044、特願2023-127024、2024WOP002(PCT国際出願)


私達の生存を支える酸素や糖などの炭素源は、シアノバクテリアや植物が光合成によって生産したものです。光合成生物は、90%以上の効率で太陽光エネルギーを利用し、地球に無尽蔵に存在する水を分解し、最終的に生体で利用可能なエネルギーに変換します。更に、光合成生物はこのエネルギーを用いて大気中のCO2を取込み、糖などの化合物に変換します。私は光合成による高効率な水分解のしくみやエネルギー変換のメカニズムを分子・原子レベルで解明することをめざしています。

基礎研究内容 (1):P680の反応機構の解明
光化学系IIに光が照射されると、「P680」と呼ばれるクロロフィルの集合体が励起され (P680*) 、続いて電荷分離によりP680+になります。P680+は水の酸化反応で生じた電子を受け取ってP680に戻ります。水の酸化還元電位は既に0.8 V (vs. SHE)もあるため、P680はここから電子を受け取れるように、1.2 V(推定)の高い電位を保っています。水の酸化反応はP680無しには生じないため、P680は光合成の最初の「光励起、電荷分離」の機能に加えて、水の酸化に直接関わる非常に重要なコファクターです。しかし、P680の分子機構についてはあまり分かっておらず、その正体、つまり、どのクロロフィルが反応に関わるのかさえ、詳細には理解されていません。
光化学系IIの中心部分には4分子のクロロフィルaがほぼ等間隔に配置しており、これらのうちの中心部分の2分子のクロロフィルが励起、電荷分離に関わるため、これらの反応中心クロロフィルがP680の正体であると考えられてきました。しかし、外側のクロロフィル分子について私達が詳細に調べてみると、少なくともこれらのうちの片側の分子は励起され、かつ、正電荷を帯びることが分かってきました。私達は、P680の反応の全容を明らかにしようと研究を進めています。
基礎研究内容 (2):水の酸化機構の解明
光化学系IIは光合成電子伝達に必要な電子 (e-) を得るために、水を酸化します。
2H2O ---> O2 + 4 e- + 4H+
この反応は光化学系IIに結合した4原子のMn、1原子のCa、5原子のOで構成されたMn4CaO5クラスターによって触媒されますが、基質の水がクラスターのどこに結合するのか、反応で生じたプロトンや酸素はどのようなメカニズムで光化学系IIタンパク質の外に排出されるのかなど、基本的なメカニズムは分かっていません。私達は、遺伝子組換えによって部位特異的に構造を変えた光化学系IIを作製し、これらを用いて様々な分析方法を駆使して、これらを明らかにしようとしています。
基礎研究内容 (3) :プラストキノンQAおよびQBの周辺構造と酸化還元電位の関係に関する研究
光化学系IIの還元側には、プラストキノン分子が2分子結合しており、それぞれ、QAおよびQBと呼ばれます。これらの分子間は20 Å以上離れていますが、水素結合ネットワークで連結されているため、例えば、QBの結合様式に変化が起こるとQA周辺の構造にも影響を与え、QAの酸化還元電位を変えてしまいます。QAからQBへの電子移動は光化学系II電子伝達の中で律速段階であるため、これらの電位は光合成速度に非常に重要です。私達は、これらの酸化還元電位とプラストキノン周辺の構造との関係を明らかにする研究を進めています。
基礎研究内容 (4) :光ストレス環境応答機構の解明〜副次的電子移動経路〜
光合成生物は、めまぐるしく変化する環境に応答して光合成を行っています。特に、水の酸化反応よって酸素を出す光合成生物は、強光やUVなどの光を受けると、活性酸素が生成されて生命活動の危険にさらされます。これを回避する機構の1つとして、光化学系IIには、「光合成電子伝達系」に加えて「副次的電子伝達系」があり、これによって、過剰な励起エネルギーを消費して光ストレス応答していると考えられています。私達は、この電子伝達系に関わるコファクターを特定し、電子移動経路を明らかにすることを目指しています。
基礎研究内容 (5) :光合成の機能を失っても生育可能な好熱性シアノバクテリアの開発
私達が研究を進める過程で、遺伝子組換えによって光化学系IIのタンパク質を部分的に換える手法を用います。しかし、組換え体によっては、ターゲットにしたコファクターの酸化還元電位が著しく変化したり、電子移動やプロトン移動速度やルートに著しく影響を与える場合があります。私達の取り扱っている好熱性シアノバクテリアは光合成でエネルギー合成しているため、このようなケースでは、組換え体が致死してしまい、材料を得られないために解析できないという深刻な問題があります。そのため、私達は好熱性シアノバクテリアに特別な機能を付与した組換え体を作製し、光合成機能を失っても生育可能、つまり、これまでは得られなかった組換え光化学系IIが得られることを目指して開発を進めています。
基礎研究内容 (6):光化学系IIを利用した太陽電池の開発
光化学系IIは地球に降り注ぐ太陽光の60%を占める可視光を利用して光合成しています。光を照射すると、90%以上の効率で水を酸化し、ここで生じた電子を素早く移動させます。私達は、高い光化学系IIの機能に着目し、金電極の上に光化学系IIを並べ、光を照射によって43 µA / cm2の電流を得ることに成功しました。他の基礎研究で得られた結果を応用し、光化学系IIのコファクターの酸化還元電位を遺伝子組換えによって私達の都合の良い値に変化させ、より効率の良い「光化学系II太陽電池」の開発に取り組んでいます。
私達の研究アプローチの特色
私達は、光合成の中でも、とりわけ水の酸化の研究対象として「光化学系II複合体」をターゲットにしていますが、これは、20の異なるタンパク質と100以上のその他の分子を結合した巨大で複雑なタンパク質であるため、研究や開発材料に用いるには構造が大変不安定で、しかも複合体の精製が難しいという問題があります。しかし、私達は別府温泉の海地獄から単離された高温で生育する好熱性シアノバクテリアを用い、更に、遺伝子組換え系を確立させることにより、光合成研究の材料として最適なものにしました。この材料と遺伝子組換え技術を組み合わせて、光合成タンパク質の構造や性質を改変し、化学の知識や様々な分析技術を駆使して光合成機能の解明と開発を目指しています。この技術は私達が世界にさきがけて開発してきたものです。